12月24日。世の恋人たちが幸せを囁き合う日。
俺は娘の汐を連れ、夕暮れの中を歩いていた。
向かう先は、古河家。亡き妻……渚の実家だ。
今夜は渚の両親、オッサンと早苗さんに、
俺たちを加えた四人でささやかなクリスマスパーティーを開くことになっていた。
「おなかすいた」
「もう少しの我慢だ。早苗さんのおいしい料理、いっぱい食べような」
「うん」
古河パンに着くと、早苗さんが出迎えてくれる。
「こんばんは、朋也さんに汐。さ、もう準備はできてますよ」
「何から何まで任せしてしまって、すみません」
「いいんですよ。今日は汐と朋也さんに楽しんでもらうために開くんですから」
早苗さんは人当たりのいい笑顔で応える。
ほんと、この人には世話になりっぱなしだ。いつか、しっかりと恩を返そう思う。
中に入ると、既に用意されているケーキにオッサンがろうそくを刺している。
子供染みたことをするオッサンだが、それにしても数が多すぎる―――
そこで俺は気づき、低い声で尋ねる。
「オッサン……その数……」
「おう、気付いたか。今日は渚の誕生日でもあるからな。あいつのことも祝ってやらないと、寂しがるだろ」
立てられたろうそくの数は、渚が生きていたら迎えたであろう年齢だった。
気持ちに整理をつけたとはいえ、今日だけは気が重いのに、この人は……。
「けっ、湿気たツラしてんじゃねぇよ。……俺や早苗だって、悲しいんだ」
オッサンらしくない口調。だがそれもつかの間で、すぐに戻り。
「だからって、いつまでくよくよしてても仕方ねぇだろうが。
今日は汐を楽しませるものあるがな、お前を励ますためでもあるんだよ」
わかってる。この口が悪いオッサンも、俺のことを気遣っているのは。
「はい、それでは始めましょうか」
そこへ、飲み物を持った早苗さんが入ってくる。手伝いをしていたのだろう、汐もあとから続いてくる。
視線をケーキに戻すと、手際よくオッサンが火を点けていた。
「よぅし、汐!一気に吹き消せ!」
「うん!」
汐が息を吸い込み……一気に火を消した。
早苗さんが拍手をして、オッサンはビールの蓋を開ける。
「さぁ、食うぞ!飲むぞ!おら小僧、今日はとことん付き合え!」
いつも以上にオッサンのテンションが高いのは、悲しみを誤魔化すためなのかもしれない。
「ああ……」
今夜は泊まっていくことになっている。
酔って、この気持ちを誤魔化してしまえればいい……。
夜中、どうにも寝付けない俺は布団を抜け出し、少し外にでも出ようと思った。
やはり、酒を飲んだ程度では駄目だった。
早苗さんたちを起こさないよう静かに廊下を歩く途中、その部屋の前で立ち止まってしまう。
……渚の部屋だ。
今日の自分にとって、ここは悲しみのイメージが強い。
頭ではそう分かっていても、体が自然に動いてしまう。
部屋の中は、渚がいた頃とまったく変わっていない。
置いてあるもの全てに、渚のイメージが横切る。
不意に目頭が熱くなって、俺はうつむいた。
「うっ……渚ぁ……」
どうして、こんなことになったんだろうな。
お前は一生懸命で、必死に生きようとしてたのに……。
閉じた目から涙が溢れそうになる。
「パパ?」
振り向くと、廊下に汐が立っていた。
慌てて目を拭い、軽く咳をして声を戻す。
「どうした?こんな時間に」
「うん、おトイレいこうと思ったらパパがいたの」
「そうか……。汐、おいで」
汐がとことこ歩いてくる。
自分の前まで来たとき、膝をついて小さな体を抱きしめてやった。
そうだ、俺にはまだ守るべき存在がいる。いつまでも悲しみに溺れてもいられない。
一度は放棄してしまった汐だが、必ず幸せにしなくちゃな。なぁ?渚……。
ややあってから、ゆっくりと離す。
「ねぇ、パパ」
「うん?」
「またママのおはなしして」
夏の旅行、汐との絆を取り戻せたときにも一度話したことだ。
「そうだな、何を話そうか……」
あいつは可愛くて、泣き虫で、でも変なところで頑固で……。
そう、例えば誕生日を盛大に祝ってやろうとしても、あいつは家計を気遣って反対するんだ。
いつも頑張っている渚のためにと言ってもだ。
そのときは汐、お前がママを説得するんだ。
そんな、ささいなやり取りさえ楽しくて……。
「お連れしましょう……願いの叶う場所へ……」
とあるアパートの一室。
夕食後、俺は妻の渚と軽く言い合っていた。
「だから、いつも頑張っているお前のためにだな」
「そんな。朋也くんが稼いでくれたお金を、わたしのために使うことなんてできません」
「はぁ、お前ってこういう所で頑固だよな。ほら、汐。お前も言ってやれ」
「ママ、いつもごくろうさま」
「う……分かりました。そこまで言ってくれるのなら、朋也くんの好きにしてください」
子供の言うことには弱いというか……。まあ、俺も渚のこと言えないけど。
「よし。汐、明日はママを盛大に祝ってやろうな」
「うん」
我が家の消灯は早い。俺の仕事が朝早いというのもあるけど。
そんな中、俺はまだ起きている。正確には、布団の中で寝たふりをしているのだ。
頃合を見計らって、目覚ましの時計を確認する。
あと5分。
……。
………。
…………そして、針が重なった。
愛しいわが子を挟んだ向こう、穏やかな寝顔に顔を近づける。
「誕生日おめでとう、渚」
そして、さらに顔を近づけ……。
「ありがとうございます、朋也くん」
「えっ?」
思わず引いてしまう。寝ているとばかり思っていた。
ほほえみを浮かべ、渚は続ける。
「確か、去年もしてくれました。そのときは寝ぼけていたのですけど、嬉しかったです」
「そうか、気付かれていたか」
わずかばかり苦笑。そして微笑。
「じゃあ改めて。渚、誕生日おめでとう。これからも幸せでいような」
「はい」
満面の笑顔で応えたあと、ゆっくり目を閉じる。
今度こそ、俺は渚の唇に自分のそれを重ねた。